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京都・島原

  • CATEGORY巡り記
  • PUBLISHED ON2006/ 12/ 08/ 23:50
本日は授業で初・島原へ行って参りました~

島原大門

≪島原大門≫


島原、といえば皆さん「遊廓」だと思われるんじゃないかな?
でも 実は島原は「花街(かがい)」であり、「遊廓」とは別物なんだそう。
私も今日の授業で初めて知ったんですけど ね…
「花街」は歌や舞を伴う遊宴の町。それに対して「遊廓」は歌や舞もなく、宴会もしない、歓楽のみの町。
で、京都の島原は「花街」だけど、江戸の吉原は「遊廓」なんですって!
こういう区別がされたのは明治以降みたいですが、区別があったという事実に少し驚いたり。

あとは島原の正式地名が「西新屋敷」だということも初めて知りました…
ほんと、知らないことがたくさんです。
やっぱり京都って奥が深いな!>え、そんな締め?


で、今日はその島原の「角屋」さんにお邪魔して参りました。
角屋は島原開設当初からの揚屋(置屋から太夫や芸妓を呼んで歌舞音曲の遊宴を行ったところ)なんですが、現在は「角屋もてなしの文化美術館」として公開されています。
もうね、行ってよかった!
やっぱり揚屋なんて無縁の場所だし、いい経験になりました^^
室内外の随所におめでたいものが配置してあるんです。
軒瓦が六角形(亀甲)に三つ巴紋だったり、釘隠しが鶴だったり、他にもたくさん。
あと それぞれの部屋の襖絵や格子など、全てに統一感があって…凝ってるんですよね。
床下収納があったのもビックリ!笑
とにかく広いです。宴会をするための場所なので当然かもしれませんが…
二階にも上がらせてもらったのですが、自分が何処にいるのかわからなかった(ぇ)

色々角屋についてのお話を聞かせてもらいましたが、いちばん印象に残ったのは新撰組の話。
角屋の中でもいちばん広い宴会場があるんですけどね(なんと43畳!)
そこが新撰組局長・芹沢鴨の生前最後の宴の場だったんだって…!!
要するに角屋でベロベロに酔わせた芹沢を、八木邸にて斬ったというわけで…
えー、えー、じゃあココに土方さんとか沖田さんとかその他(酷)がいたということっ!?
……京都って、こういう場所がさらりとあるから怖い。
そういえば 八木邸には刀傷と芹沢が躓いて転んだ机が残ってたな…
きっと芹沢さんからしたら、残しておいて欲しくないものトップ10に入るに違いない(何の話ですか)


話がそれましたが(汗)
角屋見学後は、島原住吉神社を見て回り、最後に輪違屋さんの前を通って大門にて解散しました。
輪違屋は現在も営業中の置屋で、太夫さんが4人いらっしゃるんだとか。
当然公開はされていないわけですが、機会があれば中を見てみたいな~
まぁ 一見さんお断りな上、縁のない世界だし無理でしょうけど^^;
それでも2~3年前に、一度期間限定一般公開をされたらしく(先生情報)
うあ、もう一回してくれないかな~…
今回実際に島原に行って見て、花街や太夫に興味出てきちゃったかも。
どんな感じだったのか、とか時間あれば調べてみたいなー


おまけ、柳の話。
島原大門には柳の木が植えられています。
一説によると、柳の姿が帰る客を見送る遊女の姿に見えるらしく(だから入口ではなく「出口の柳」というそうですよ)
で、京都では地名に「柳」がついていると、ソウイウ場所があったと考えられるそうで…
そこで瞬時に和泉の脳内を過ぎったのは、創作『永遠に咲く花』の柳。
名前の由来は違いますけど、それでも柳のキャラが「柳」のもつ意味とあまりに結びつかなくて…何か笑えました(ぇ)
柳は花街や遊廓には絶対に行かないと思うんだ(笑)


以上、和泉の徒然島原レポート(感想)でした!
支離滅裂ですみません;;
でも、折角だから「巡り記」というカテゴリーを増やしてみた。


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